熱 愛
私は自転車に乗っている事が多く、その時分、暗い、夜半の事が多い。
金のない私の交通手段は自転車。いくとき帰るとき、足の裏でペダルを踏みつける。
帰宅時、一日の疲労が感じ得られる、余裕のある暗闇。私は浮き立つ気持ちになる。暗く、曖昧な輪郭がとびこむ、視界は狭く、涙の出る思いがする。気持ちはどこかへ。老いた錯覚、ペダルは無意識のように動く、私の足。楽ちんの世界。
私は視力が低く、しかしめがねをかけるのも億劫な無精者であり、真っ暗であるように思える車道の中を、歩く速度と変わらぬよう、安全に進んでいった。しかしスピード感?その自転車は、私を死につれてゆく気がした。
死に意味を抱いていたその時分の私は、目を瞑った。私は、真っ暗へ、走り、何かにぶつかるわけでもなく、ただ10メートルほどの車道を走った。目をうっとりさせた。
その頃の私には、傍にいつもある死など、知らない。遠くを見、はて、それはどこにあるのかしら、と考えてはウフフと笑うのであった。
その翌年、私の高校の、担任教師が死んだ。脳梗塞だ。テストをプリントアウトし、席に着こうとした途端倒れたそうだ。彼は意識を失った。・・・ ・・・生きている―――・・・いや、しかし生きている。彼は集中治療室で動かず、喋らず。わたしたちは何故毎日死んでゆく。彼は生きている。妻子を残して生きている。翌年、翌年、またその翌年、わたしは、今も金がない。自転車に乗って、タバコを吸い込んで、深夜の真っ暗に向った。そのまま自転車は、私を死に連れてゆく気がした。自転車を走らせていると、歩いているよりずっと沢山のものが視界にはいる。わたしを乱して、どんどん景色は変わる。 わたしは毎日毎日忙しいし、好きなものがいっぱいあるし、好きな人がたくさんいる、たくさん辛いし、たくさん嬉しい。涙が止まらない。わたしは通りすぎていく。自転車は、なおも安全にわたしを前に進める。辛くない、嬉しくない、知らない、他人でしょう。涙が止まらない。死はいつも沢山あって、在るだけ、無意味だ。意味を見出すのは幻想。何をどう想うか、そんなの、馬鹿げてんの。通り過ぎるだけ。わたしの自転車は、わたしごと通り過ぎていく。生きていくのに、人が沢山居る、たまたま出会って沢山、色々な事が起こって色々な想いが浮沈、死んでいく、錯覚。わたしの気持ちなんて、わたしは暗闇。


2004,10.5